分かり合えないことを、認めるしかなかった
あの夜、「もう無理かもしれない」と思った瞬間、胸の奥で何かが軋んで、静かにひびが入った。
言葉をぶつけ合った夜、最後には、誰の息づかいも聞こえなかった。 冷めたコーヒーの匂いだけが、部屋に残っていた。
10年以上、どんな夜でも話してきた。 その静けさが、今はただ、終わりの音にしか聞こえなかった。
言葉は、すれ違うたびに鈍く砕けた。
だけど、ある日を境に、価値観のズレが浮き彫りになった。 言葉を選び、感情を整え、相手の立場も考えた。
「ちゃんと話せば、きっと分かり合える」 そう信じて、何度も向き合った。
でも、結果は…うまくいかなかった。
あの日の沈黙が、最後の会話だった。
「ちゃんと」の理想と限界、そして未練
「ちゃんと」って、どこまで届けばいいんだろう。
「ちゃんと」って、自分の中で納得できるまでやることだと思った。 でも、たぶん違う。
まっすぐに、届くまで投げたつもりだった。 それでも、空気の向こうで音は消えた。
それでも、指先には、まだ温もりが残っていた。
扉をノックする手が震えていた。
沈黙を残した、あの夜の後悔
ある夜、私はその親友に最後のメッセージを送った。 「今までありがとう。私なりに、ちゃんと向き合ったつもり。でも、これ以上はお互いに苦しくなるだけかもしれないね」
送信ボタンを押すまで、指が震えた。 でも、押した瞬間、少しだけ心が軽くなった。
それからは、連絡を取っていない。
でも、後悔はある。
もう一度だけ、会って話せばよかったかもしれない。
——あのとき、沈黙を残した。それが、今も消えない。
沈黙の中に残る「ちゃんと」
もし、あなたにも誰かの沈黙が残っているなら——それを抱えたまま、生きていこう。
「ちゃんと向き合えば何とかなる」 そう信じることも、手放すことも、どちらも勇気がいる。
でも、向き合えなかった後悔があるなら、 それは、あなたが誰かを大切に思った証だ。
そしてその痛みは、あなたの誠実さの形でもある。
語らなくても、残るものがある——それが「ちゃんと」の余韻だ。
壊れたままの心で、それでも歩き出している
壊れたままの関係って、悲しいだけじゃない。 そこには、「ちゃんと向き合おうとした証」が残る。
そして、向き合えなかった痛みもまた、静かに生き続けている。
扉は開かないままだけど、それでも手は離せなかった。
今日も、あのマグカップだけが棚の奥に残っている。
沈黙と一緒に、今日も息をしている。
コメント
コメントを投稿